2021年9月9日木曜日

近況報告

 半年空きました。後で振り返って思い出すように近況報告。

去年秋に電話したら「父が畳に座ってて勝手に寝転んでしまう」というので、それは救急車呼んでも怒られないと思うよと言っていたら、その日の夜家で転んで股関節を折ったのがきっかけで入院。新コロナで直接面会はできずに病院にタブレット面会を予約して話をする状況。家に帰りたがったり、リハビリ頑張ると言ったり(実は父が自分で頑張ると言ったのを聞いたのはこれが初めて)とはいえ、以前(10年前に心筋梗塞やって、白内障の手術しそびれて、自動車免許返納してお絵描き教室に行かなくなって)からだんだんこれはボケているなあ、でも株の話をするとしゃきっとするようにも見えるし、集中力散漫という状態か、というのがだんだん進行して。
もともとかきこむようにご飯を食べ、躓きそうに前のめりで歩く癖を直せと言っているのに「ずっとこうやから今更直せへん」と言っていたのが仇になったか。

本人元気なつもりでも
前のめりで歩かれると転倒を心配して介護士付きっきり、といかず車椅子生活になる、
かきこみでご飯食べると嚥下障害が心配なので、点滴になる、
そうなると弱る、そういうことなのかあと思った。

怪我をすると治療目的で3か月入院できるが、その後は自宅に戻るか施設の空きを待つか特養か、母は自宅で見るのは無理!というので施設を妹と見学したりしていたが、5月の連休明けに転院することになった。ところが連休中に転院することになったと電話があり、急遽5/2に滞在先の熊野から神戸へ。
転院の合間にはエレベーターホールで直接逢えるし、転院先で病室を準備する間の処置室でも会える、とのコロナルール。三姉妹夫婦で会った。「思ったより顔色が良いね」というと少し首を左右に振って「あかんあかん」としたので、なんだレスポンスは良いなあと思っていた。

その1週間後に妹から亡くなった連絡が届いた。母と妹が立ち会ったし、前日に叔母さん(父の妹)も会えたし、良かったんだじゃないかなあ。

特に母には意味のない面倒をかける(生活のペースが合わないとか、いらちの割に臆病とか、いらん憎まれ口をたたくとか自分勝手、語彙が無い割にかまってちゃんで自慢したがるが大したことない)難儀な人だったが、酒女博打しない、娘三人大学までやってくれたし、未練たらたら散々ぶー垂れててもいざとなると素直に従ったり、客観的にはかわいい性格だったなあ。このエンディングもだらだら後に引かないところが父らしいといえばそうだし。

お葬式のときに父が好きな音楽として100均で売ってるイタリア歌謡CDがかかってて、へえお父さんこんなん好きなんや、音楽聴く人とは知らなかった。

8月に百か日と初盆で帰省して、それまでも初七日から毎週お坊さん来てもらっていたようで、うちそんなに信心厳しくなかったけど、そういうところちゃんとしようとするのは昭和一桁だからかしら。そのときに家族旅行で集めた各地の郷土玩具や土鈴を整理してFacebook経由で引き取っていただける人に譲ることができたのもよかった。見方によれば家族が解散する準備のようにも見えるが、こういうさっぱりした父母の終活は自分も共感できるし、今までになく尊敬している。

それにしても母は父が入院してから一人で邪魔されず同じ会話を繰り返さずに日常を送れて大変ノビノビとお絵描き教室やヨガ、映画鑑賞(コロナなのに)、断捨離しているのが今のところほっとしております。


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